歴史と問題点

高い金利を特徴とする事から、「高利貸し」とも呼ばれる。このため、英語圏国家では俗に「loan shark」(借金の鮫)と呼ばれる。


1970年代頃は、サラリーマンを対象にした業者が多いとして「サラ金」(さらきん、「サラリーマン金融」の略語)、あるいは市街地(街中)に営業所があることから「街金」(まちきん)と呼ばれていたが、女性(OLや主婦)や自営業者などの契約も多いとして、1980年代頃からは「消費者金融」の名称がよく使用されるようになった。

その背景には、過剰な融資や高金利、過酷な取り立てにより、「サラ金地獄」という言葉がたびたび使われるようになって、「サラ金」のイメージが著しく悪くなったことから、業界が新たな名称として「消費者金融」の使用を押し進めたこともある。

なお、「サラ金」の呼称以前に1960年代頃は「団地金融」や「勤人信用貸」という呼び方もあった。

消費者金融が特に成長してきたのは1990年代初頭の、いわゆるバブル経済崩壊以降である。バブル崩壊によって経済的に苦しい消費者家庭が増加したことに加え、それまで深夜帯に限られていたテレビコマーシャルがゴールデンタイムなど、それ以外の時間帯でも解禁(1995年)され、更に自動契約機の導入(1993年以降)などの追い風を受けて、消費者金融は業界をあげて、それまでの暗い「サラ金」「街金」のイメージの払拭に努めた。

その結果、駅前の雑居ビルの狭い店鋪で担当者と向き合って融資を申し込むといった形のみならず、郊外の国道沿いに設置された自動契約機へ契約申込をする利用者も増加した。


この勢いで、大手業者には株式を公開(上場)する社も現れた。

そのような中で2000年前後からは全情連(全国信用情報センター連合会)やCCBなどの個人信用情報機関によるブラック(「ネガティブ」又は「ネガ」とも)情報の共有化がなされ、与信を厳格化した。これによって大手6社などでは契約者の属性が向上し経営自体が健全化していったが、こうした与信システムの下では「まともな所」から借り入れできる人の数は頭打ちとなり、スケールメリットのある大手業者と、こじんまりとしても経営可能な小規模業者の間に挟まれた中堅クラスの業者の中には、急激に業績が悪化し、大手業者による買収、または債権譲渡するものも現れた。

なお、この頃「ヤミ金」被害が急増しており、消費者金融業界は、その原因を、上記のような信用情報機関による与信の厳格化と中堅業者の淘汰に求める見解を示している。


しかし、この時期のヤミ金被害急増の原因は、不況の長期化による所得の減少、デフレによる金融債務の実質負担の増加、不況による暴力団員のサイドビジネスへの進出、携帯電話の普及などに求める見解の方が一般的なようである。

近年、大手の消費者金融会社は、銀行と提携しローン保証業務に乗り出したり、また、メガバンク(持株会社を含む)の資本参加を受けるなどの動きもある一方、前近代的なオーナー経営の業者も多く、取立てにかかわる数々の問題、高金利、多重債務、「武富士」創業者の元会長が関与したとされる電話盗聴事件などの社会問題が依然として解決されていないと言える。


2006年4月14日には、大手の一つである「アイフル」に対し、融資や取り立てを巡る違法行為が繰り返されていたとして、全店に対し5月8日から3〜25日間の新たな顧客の勧誘、融資などに関する業務停止命令が金融庁より出された。